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独り立ち、そして試練

 前回は、有名無料クーポンマガジンの撮影同行研修の現場でマニュアル通りの対応をしていたのでは通用しないことを学び、アドリブでの対応が求められる中、その大切さを知り、難しさを痛感したことについて書きました。

今回は約2週間の研修を終え、独り立ちをした時のことについて書いていきましょう。


 当時、私が撮影をすることになった無料クーポンマガジンは他にライバルがなく、まさに一強時代でした。

それゆえに、どの飲食店も集客の大半はそのクーポンマガジン頼っていたこともあり、新規契約や掲載枠の拡大などで、紙面のページ数が毎月増えていくばかりでした。

また、それによって撮影のボリュームも非常に多く、雇用主からの当初の説明では月に5日くらいと聞いていたのですが、最終的には1ヶ月の出勤のうち約半分がこのクーポンマガジン撮影の業務になってしまい、デザイナーとして業務に励むつもりで入社したのにも関わらず、いつの間にかカメラマンとして多くの時間を過ごすことになるのでした。


 私が独り立ちした日の1件目の撮影は忘れもしない、浜松の街中にある小さな居酒屋でした。

カメラマンとしての最初の一歩を踏み出すべく、ドキドキしながら扉を開けると、そこには如何にも頑固そうな大将がカウンター奥の席で新聞を読んでいたのです。

撮影で伺ったことを伝えると、ほぼ無言のままカウンター内に入り調理を始めてしまいました。

どうしていいか分からずモジモジしていると、その大将が「突っ立ってないでさっさと準備しねーか!料理は直ぐに上がるぞ!」と大声で怒鳴ります。

正直、研修ではこんなにも気性が荒くぶっきらぼうな方に出会ったことが無かった私は、少々パニックになりながらも大慌てでカウンター向かいのテーブル席で、三脚にカメラを固定しライト機材を組み立始めます。


もう少しでセッティング完了というところで、大将に「出来たぞ!」と背中越しに声を掛けられたので、少々お待ちください!と答えると「馬鹿ヤロウ!料理が冷めちまうじゃねーか!」と、どやされる始末。

なかば半べそをかきながら料理を受け取り、無言で撮影をするしかありませんでした。

これでは、自分の強みである営業マン時代に培ってきたコミュニケーション能力を発揮したくても、全く取り入る隙がありません。

料理を終えた大将は、またカウンター奥で新聞を広げ煙草をふかしながら、横目で私の所作を監視しています。 ただ撮影をするだけなのに生きた心地がしなかったのは、後にも先にもこの1件だけでした。

何か言葉を発しようものなら胸ぐらを掴まれるんじゃないかという雰囲気さえ感じていたのですが、撮影マニュアルには単品料理の背景にお酒の瓶を並べてくださいと書いてあったので、大将に恐る恐る、お酒の瓶を何本かご用意頂きたい旨を伝えると、「その棚に飾ってある空っぽになったやつを適当に使ってくれや」との返事。

適当にと言われても、私は当時お酒を一滴も飲むことが出来なかったのでお酒の種類や銘柄について知識が全くありません。

仕方なく、言われた通り適当に瓶を手に取り料理の背景に並べていると、またもや大将が大声で「日本酒の中に1本だけ焼酎混ぜてどうすんだ!」と後ろから怒鳴り散らします。

心の中では、適当にって言ったじゃん!と思いながらも、すみません!と大きな声で謝りつつ、瓶の裏のラベルを頼りに焼酎を見つけ、日本酒の瓶と入れ替えるしかないのでした。

その後なんとか無事に撮影を終え、これまた恐る恐る撮影したデータを確認してもらうと、思いがけず大将から「いいじゃねーか」との感想。

あれだけ怒鳴られた後に、唐突に写真を誉められたことで逆に戸惑ってしまい、上手く言葉が出ません。


今思えば、喋ること以外で人に評価されたことが無かった私にとって、大将とコミュニケーションが全くと言っていいほど取れていない状況で、自分が撮った1枚の写真を評価してもらったことで、今まで感じたことのない喜びとともに、心の底から何か熱いものが溢れ出す感覚を覚え言葉が出なかったのかもしれません。


そして大将から「料理冷めちまうから早く食え!」と箸を渡された私は、その料理の美味しさと大将の優しさで心がいっぱいになったのでした。


初日の1件目から大汗かいて半べそかいて大変な思いをしたけど、初めての撮影があの大将のお店がだったからこそ写真を撮ることで得られる喜びとやりがい、そして自分の存在価値見出せるようになった気がします。


ちなみにお酒を嗜めるようになったこともあり、そのお店の大将とは今も仲良くさせてもらっています。

相変わらず頑固でいつも怒鳴ってばかりいますが。


つづく


次回は、ハードルは上がるよ!どこまでも。


GRAPHYS Sugise



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